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確信、のようなもの。その理由は…

先日、いわゆる「アカシック」を読んでくださる方のところへ
行ってきました。

過去についての符合が少なかったためか、
未来についてもあまり言及していただけませんでしたが、
新たな何かを教わったというよりも、
今やっていることを「それでいい」と確認し、
肯定していただいた感じでした。
なかでも、

--ほとんどの人の経験はこのくらい(小さい輪)。
    ぎりぎりのキワを体験するのはこのくらい(もっと小さい輪)。
   真希さんの経験はこーんなに大きい。
   しかもあらゆるキワを体験している。
   どんな相談でも答えられるでしょう?--

「はい、そうですねー。波瀾万丈」とかいって笑いましたが、
いまだに思い出したくないいくつかのことも含めて
たしかにあらゆる「キワ」を体験しているのは、
今となっては私の財産といえるのかも。

キワ(際)=瀬戸際、限界。
ぎりぎりいっぱいで持ちこたえて、
これ以上1センチも動けない。
動いたら崖から転落する。
そういう状況。

先日書きましたが、
私は100メートルをせいぜい並の速さで走れるていど* 
まだまだ勉強することの方が多い人生です。
それでも「何かの確信、のようなもの」を持って
運命を変えるスキル* をお伝えしていけるのは、私が
この世でこのカラダとこのココロをもって、
「キワ」を体験していることもあると思うのです。

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